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どうでもいいはなし

昨年10月から今年の4月に至る半年間に、市町村合併が255発生する。

毎月統廃合された自治体をチェックして、jisコードを差し替えたり市区町村名を追加したり削除したり。1データでも抜けていると、施行に飛んでくるデータがエラーで弾かれるので、ほっておいていいものでもなく、今日はちょっとその更新作業。3月に来る88件の統廃合の前にキレイにしておかないと後が面倒な次第。

飽きたので何か書きます。


じゃぁ、今まで全く統廃合を経験していないエリア。

南都留郡道志村

みなみつるぐん どうしむら。 緑と清流と歴史の村。人口約2000人、標高平均600M、約80キロ平米の静かな村。ここは明治の大合併も経験せずに、115年の長きにわたって自治体名が変わらない村。観光、環境、情報分野において村の持つ魅力を最大限に活用し、水の提供先である横浜市との提携を図る自治体。

と、てっきり頑なに村の純血を守っているのかと思っているとそうでもない。

2003年6月。道志村役場課長他数名が来浜し、横浜市へ「市町村の合併の特例に関する法律第4条による請求」──合併協議会設置の可否を問う書状を送った事をきっかけに始まるかと思われた、道志村・横浜市の合併への道は、当時の中田市長の「合併協議会設置協議について議会に付議しない」との返答により断られた。無碍に扱われたのではなく、その後当局内に「「道志村との友好を考える協議会」を設置するという手厚いフォローが行われる。

物理的に50kmも離れている上、越県での合併。取水源であるとはいえ、横浜にとっては予算こそ増えすれ、具体的なメリットはほとんどない。せいぜいメディアに「とび地合併」としてスポット的なニュースになる程度だろう。一方、予算編成が30億であるにもかかわらず、税収が2億という道志村は、特に財政面においてメリットがある。横浜市と合併することにより政令指定都市化となった後の財政は村である状況よりはずっと楽になるという想定。

時期も悪かった。当時市長派議員の公職選挙法違反で逮捕沙汰が有るなど、議会の市長への風当たりも強かった。その中で合併案件を打ち出したところで反発を食らうのは必至、時期的に平穏に過ごしたいところであったのも原因のひとつかと思う。

村側の焦り。横浜へラブコールを送る傍ら、村当局内では周辺地域との合併論も有り、実際周辺地域との合併についての勉強会も有った。この事は請求に対する回答の中でも盛り込まれた。

生活圏について、村側の「すでに一体化」については横浜側の「真に一体であるとはいいきれない」との意見に喝破された。確かにそうだろうと思う。物理的な遠距離、生活環境の違い、これは1自治体としては全エリアをとりまとめる上でも大きな問題となる。ある程度距離環境が近ければ自治体としてのイメージも作りやすい。全く違った環境を編入させるという事は、別途予算・諸施策を組まなければいけない。これは都市にとっては荷物になる。

その後の道志村の舵はどう回されたかというと、都留市との合併へ突き進む事となる。

ところで虎視眈々とこの状況を見守っていたお隣の秋山村は、当初都留市、秋山村、道志村、西桂村との合併協議会へ参入していたものの(というか無理やり引っ張り込まれてた?この4自治体の合併協は第2回の時点で西桂村も離脱)、これを蹴ってお隣の上野原町とめでたく合併。こちらは20年来の付き合いが実り、満を持してとの感。この2月に上野原市が誕生する。

さて。

道志村都留市長の提案により任意合併協議へと進むが、時間も残り少ない。時間というのは合併に関する特例法に定められた期限。住民発議による協議会の設置、議員の増員、税制、先々10年間の財政支援を受ける事が出来るかどうか。時限立法であるために、この17年3月31日までに合併申請を行い、18年3月31日までに合併特例区を設置しなければこの恩恵が受けられない。延長については見込みが無い。

半ば都留市の勢いにまかせて進められるが、道志村の「法定協議会に移行すべきではない」という住民の意見をおいて、「合併しなければ」の勢いに任せて突進する。合併の是非を問う場をさておき、合併後の未来図を描くよりも先に合併の作業がどんどん進められる形となった。都留市内では配布されたパンフレットへは合併後の姿のみが描かれていた。

道志村都留市の距離、20km。両市村の間に横たわる標高1000mの山。国庫補助で掘った道坂トンネルは、旧道と同じ標高に掘った為に都留と同士村を結ぶ利便性の高いラインとは言い難い。現在に至っても改修工事等で予算が組まれる中、国の補助では新たなトンネルは掘れない。事実上失敗に近いものとなってしまった。「何故もっと低く掘らなかったのか」という声は完成後もあった。

つまり合併によって使うことが可能になる特例債を使い、新市の事業としてトンネルを掘る事も可能になるわけだが、新市の事業としてトンネル着工へ債を使う事に何の価値が有るのかという疑問も有った。

役場が遠くなる。現状の道ではまさに「山越え」である。ちょっとした旅行だ。交通ルートの整備が出来ない以上、過疎化が発生する可能性は大いにある。近隣の高齢者にとっては不便以外の何ものでもない。役場という存在は、村民の暮らしのより処でもある。支所、あるいは出張所として残る可能性(あくまで可能性)も強いが、以前の役場とは違い住民の声は反映されにくくなる。

既に合併が施行された新しい自治体での落胆の声。こんなはずじゃなかったという溜息。目の前の特例債にかじりついたものの、いざふたを開けて見ると地方交付税が激しく減額されてしまった南アルプス市。小さいながらも役場を中心に活気のあった村、町々が合併によって都市の「遠隔地」となり活気が無くなってしまったケース。

力の弱い──ここで云う力は主に財政面で──自治体が合併したところで、それぞれの抱えていた問題は解決しない。財政、厚生、地域サービス。「規模が大きくなるから良い展開が見込める」というのは間違いで、ここ最近の企業合併を見てもそれは明らかだ。50-50で合併した企業のほとんどは合併後も四苦八苦している。三位一体改革の看板のもと、優遇策を目の前にぶら下げてどんどん合併させてゆく国にも問題は有る。まず示すべき改善策は自力経営。やみくもに合併を模索しなくとも、独立した自治体での共同経営の出来る事業もあれば、民間に委託できる事業も有る。

本件についても財政はともかく住民にとってはデメリットが大きい。都留市にしても、中央から離れた地域である道志村の面倒を見るコトが出来るのかどうか疑問の声もあり、これも実際重荷になるコトはあってもメリットにはならない。全てのサービスが行き届くかどうかという点についても問題は有る。

16年10月での意識調査で出た数字。

「協議を進める」  701人(45%)
「協議を進めない」 848人(54%)

村の意思。これにより任意協議会は休止に追い込まれるが、村民の意思統一を断念しながらも、協議会再開の道を模索する道志村都留市へ再開を要請。将来像を描く事なく来た合併協議会は、何とか協議再開を得て法定合併協議会設置決定まで勢い行ったものの、16年12月20日、道志村の否決により設置に至らず、その幕を閉じる事になった。

あー、ダメだ。時間が足りない。ほとんど調べてないので適当。

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普段書かない様な事を書くと疲れた。寝ます。4時40分。