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ふとんむし旅行記:Maple"Another"Story

夜の武陵を1人で歩いていた。



俺は、魔法都市マガティアの傭兵として本国防衛の任務についていたけれど、前線の戦況悪化から大陸防衛戦線への任務へと出撃していた。

俺を含めて傭兵は1万を超えていたが、どの傭兵も俺と同じ様に戦況次第で何処にでも飛ばされる。補給目的の帰還途中に、別の戦線へ回頭させる様な指令もごく当たり前に出ている。

誰もが常に疲弊した状態で補給もままならず、武器や防具のリフレッシュやメンテナンスもできない中、「命があったら」という前提の報酬にだけ気力を見出していた。

行く先々で俺たち傭兵を待っている者は居ない。捨て駒と判っていても、戦い続ける事でしか生きる意味を見出せなくなった奴らが毎日この世界のあちこちで火花を散らし、火花と共に散って行く。

チェックメイトは無いと知りながら、この世界での戦いに加わったのが丁度5ヶ月前。実戦の中で,様々なスキルを覚えた.戦友も沢山増えた.小さいながらもギルドを組んだ。


結婚もした.


武陵はその本土の大半をクロコファミリーに制圧され、内陸部には猛獣がひしめいている。状況視察の指令を受けて俺は先陣として1人この地へ乗り込んだわけだが、いかんせん補給を受ける予定だった村も全て全滅していて、手持ちの回復薬がもう無い。ぶっちゃけ一戦交える余裕も無くなっていたので、出来れば何にも遭遇することなく、海へ出たかった。


早く妻の待つ家に帰りたかった.

帰ったら、傭兵生活をやめてのんびり暮らす。

結婚式も挙げる。

真っ白なドレスを着せて、少し大きめの花飾りを髪に留めて。俺はきっと白のタキシードだな。

アリアントの露天はこういったドレスやアクセサリに事欠かない。今回の出撃時にアリアントへ立ち寄った際、妻には内緒でそれらをこっそり買い込み、道具袋に詰め込んでいた。



とにかく,家路を急ぐ.



──悲鳴。


女の声だ。

背中に挿した槍を構えなおして、その方向へ向かった。

岩陰にうずくまっていたのは、まだよく見えないけれど、聖魔だ。

警戒しながら彼女の方へゆっくり進んでゆく。暗闇でしかも木々のざわめきでよく音が聞こえない。


10m。


5m。


うずくまる彼女の表情が確認出来る距離まできた。


「もう大丈夫だよ。」

「逃げて・・」

「んっ?」


突然、風が吹いた。


風?


風じゃない。何かが猛烈なスピードで僕に向かって迫っている風圧。



ギィィィン!



テポストピリーの穂先が放った鈍い金属音。めったな事では軋むことのないこの槍が、今日に限ってうなりをあげて軋んだ。

咄嗟の反射神経で槍を空へ向かって突き出していた。

穂先に絡んだのは鉤爪。

振り下ろしてきたのは体長が俺の2倍もあるムサベツグマだ。



背後というか、上から襲われた。

こんな時にこんなとこでコイツに遭うなんて今日はツイてない.


「エサが増えて助かったー。今日は子供の分まで大漁!。」


こんな奴のエサになってたまるか。


「お前、助けようなんて格好つけるんじゃなかったなぁw」


とりあえずこのいちいちカンに触るムサベツグマをなんとかしたい。なんとかしたいけれど、随分長い間補給もままならず、歩くのがやっとだった俺は、この鉤爪を抑えているので精一杯で、いつもの様な連続攻撃はもう放てない。



1撃だ。

1撃で倒さないといけない。

2撃目に力を入れる自信がもう無い。


──急所は、奴が鉤爪を振り上げている時にしか突く事が出来ない。


鉤爪の振り下ろしは俺にとっても致命傷だけれど、振り上げの際にできる隙は奴にとっても最大のウィークポイントだ。

振り下ろしきる前に急所を突けば・・・十分過ぎるほどの致命傷を与えられる。

懐に飛び込むしかない。

あとは、今この穂先に絡まった鉤爪を解き放ち、攻撃力を上昇させる魔法「ドラゴンブラッド」を唱えて飛び込むまでのタイミングをどうするかだ。


早くても急所を狙えない。遅いと俺の命が無い。チャンスは1度。


たった数秒の間に、何度も頭の中でタイミングをイメージした。


3度目のイメージで確信を得た。


──いくぞ!



気合を入れたその時、ムサベツグマが不敵に笑った。


「へへ・・うまく懐に飛び込んでこいよ。」


その凍りつく様なムサベツグマの言葉に,一瞬身を引きそうになった.けどここで動揺を見せては奴の思うツボだ。


後ろでこちらをじっと見つめていた彼女が、さらに不安な眼差しを俺へ向けた。

最悪致命傷を与えられなくても、しばらく身動きが取れない位のダメージを残せる。

後続の本隊が通りかかって、彼女を助けるくらいまでの時間は稼げるだろう。




「じゃ、まぁ早いとこ片付けてうちへ帰ろか」

精一杯強がって言えたのがこのセリフ。

俺は彼女に笑いかける。

彼女は涙を溜めて大きく首を横に振り続けた。


もう,彼女の為とかそういう理由以上に,とりあえずここを生き延びたい.

生きて家に帰りたい.


俺は息を止め、振り向き様に槍を大きく突き上げ、奴の鉤爪を撥ね除けた.


──!


タイミングがほんのわずか速い。


ドラゴンブラッドを唱える時間が一瞬足りない。


このまま一気に行かないと間に合わない。





一旦上げた鉤爪を今まさに振り下ろし始めたムサベツグマの懐へ飛び込む。




テポストピリーの穂先と、ムサベツグマの鉤爪が月の光に白く輝き合い、一瞬視界を失った。




月光に包まれたまま、この後すぐに決まる運命に向かって、俺は槍を力一杯握り締めた.