私は自分に負けたんだ


さて、盆休みを控え、今日の弁当屋は使い捨て容器で攻めてきた。弁当箱回収をせずに半ドンで終わろうという戦法が憎い。

どちらかというと普段の弁当箱よりこちらのほうが高級に見えないか?なんて思いながら、私はゆっくりとそのフタをあけた。敵の布陣はワカメ酢の物、福神漬け、マカロニ、ナスのデミグラスソース漬け、その他旬菜があり、敵本陣はキャベツを土台にしたササミカツであろうか。これが主砲だ。

ここで私はひとつの不思議を覚えた。

敵の援軍として参じている「ソース」これは本来タルタルであるべき筈にも関わらず、ウスターソースである。彼が誰につくのか判らない。ササミにウスターは個人的にokだが一般的な戦略としては異例だ。


ここで私は偵察を送るべきだった。対弁当戦では基本中の基本ともなるこれを怠った事が後々大変なことになるなど思いもよらなかった。


こちらの布陣はたらこふりかけとかつをふりかけ。どちらも不意の奇襲に備えた頼もしい援軍だ。

戦闘態勢の整った私は武運に任せて敵陣へ猛攻を開始した。

ワカメの酢の物を下し、マカロニを撃破。ナスとは交渉の末、無血開城を得る事が出来、至極順調に戦線は展開していった。

今日は楽勝だ。盆休みを前にして気分のいい勝利を飾れる。


敵軍の先鋒を全て下し、目指すは総大将ササミカツ。勿論1対1のサシで臨むのが流儀。こちらもゴハンを全て消費し奴に食らいつく準備は万端に整った。


私のターン。もうずっと私のターンになるだろう。奴の応戦は受け付けない。



ここで予想外の事態が発生した。

ササミカツだと信じていた敵総大将は、何とカレーコロッケだったのだ。

このカタチにしてこの質感、カタチ。全てがササミであると思い込んでいた。


一番恐ろしい「思い込み」に負けた。


戦場では何かを信じるという事は難しい。私は自分に負けた。目の前のカレーコロッケではなく、自分の甘さに負けた。

カレーコロッケにはゴハンが必要不可欠だ。

ゴハンは既に打ちつくしている・・。


空を見上げると、普段より高いところで輝く太陽が私を笑っていた。


戦いは終わった。

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戦いを終えて、弁当箱をゴミ箱へ捨てにいって、いやーササミかと思ったらカレーコロッケやったわー騙されたわww なんて女子社員と軽く話して、じゃぁちょっとネットでも見るかなと思ってデスクの端を見ると、全く意識していなかったものがそこにあった。


味噌汁。

ここぞという時に頼りになる戦友だ。彼には今までにも危ないところを何度も救ってもらった。


しかし私の戦闘中、彼は私の視界に入るどころか香りさえ立てなかった。



まだ満々とその器に味噌汁を湛えて静かに佇んでいる。

なんでお前はそこに居るんだ・・。俺がカレーコロッケと戦っている間にお前は何をしていたんだ・・。


「あー 一応よく混ぜたんですけれど、今日は即席のやつなのー;」


女子社員が軽く説明をして去っていった。そういう大事なブリーフィングは戦闘前に欲しかったな・・。

そんな味噌汁を、お麩ごとぐいっと飲み干して、とりあえず「無かった」事にした。