小銭


 煙草を買おうと思って、自販機の前に立って財布を出す。130円。セブンスターの280円が無い。シブシブ1000札を出そうと思い、お札んとこをぐっと広げてみると10000円札しか入ってない。こういう場合は、徒歩3分のディスカウントストアへ行くか、オフィスへ戻ってデスクの中の小銭をかき集めてまた舞い戻るか、どちらかの選択を取る事になるのだけれど、ほんとこういう時、小銭持ってる人は強い。自販機の前で20円が足りないからといって崩折れた事が何度あった事か。

 自販機の前でモジモジしていると、横から知らない人が涼しい顔で100円玉3個をカツンカツンカツンと入れて涼しい顔でケントなんかを買っていって、「あ、釣り忘れたわ」とか言いながら2歩踏み出した足を止めて振り返ってとり忘れたお釣りを持って帰ったりするのです。

 高校の頃の合宿を思い出した。

 3年前程に友達といった時はさすがに最新鋭の自販機になっていたけれど、現役当時は1000円札が使えなかった自販機。これが何を意味するのかというと、付近にコンビニエンスストア(これも数年前に出来たらしい)が無い山の寂しい合宿所(スキー場を夏に合宿所として借りてるんですけれどね)での小銭切れというのは、練習が終わってご飯の前のひと時に「何か飲むか」とか言いながら雑談混じりにコーラを買うなんて言う事が出来ない。

 小銭を持っている友達に「ごめ..貸して」かなんか言ってコーラ代120円を毎々借り受けるという平身低頭の3日間が続く屈辱。小銭さえあれば後輩のカワイイ女の子に「何か飲むか?」とかちょっと「素敵な先輩」を表現出来る。ついでに夕暮れを見ながらジュースを一緒に飲んでお話しているうちに夏の恋が芽生える。こういう場所においては1万円札を持っている者より小銭を持っている者が勝者であり、夏のアヴァンチュールを独り占めする権利を持っている──なんて書いたら全国の男子高校生がしそうなのでやめておきます。こんな楽しい計画は独り占めしたいです。計画実行は来世になりそうですが。

 書いているうちにコーラを飲みたくなってきたので、煙草は諦めてコーラを買う事にします。


※何に起こったのか判りませんが、同じ広告が沢山入っていました。105円。